凪良ゆうさんの小説『汝、星の如く』を原作から続編『星を編む』まで読んだ私が、映画版を観て感じた魅力と惜しかったところを紹介します。
原作を読んでいるからこそ感じられたこともあれば、映画ならではの表現に魅力を感じた部分もありました。
今回は、ネタバレを避けながら、本作の良かったところと少し残念だったところを紹介していきます。
※本記事はネタバレなしです。
1. 原作と同じく、物語が現実的に描かれている
本作の大きな魅力は、登場人物たちの人生が現実的に描かれていることです。
家庭環境に恵まれなかった櫂と暁海が出会い、恋に落ち、どのように成長していくのか。そして、時間の経過とともに、どのように変わっていくのか。
そうした変化が、単純な恋愛物語としてではなく、現実の人生を見ているかのように描かれています。
生きることの辛さ、楽しさ、希望、絶望。
人生には、嬉しいことばかりではなく、自分ではどうにもできない苦しみもあります。
それでも、人は誰かを好きになり、何かを求め、時には間違えながら生きていきます。
本作は、櫂と暁海の恋愛を描きながら、そうした人生の複雑さまで感じさせてくれる作品です。
恋愛そのものだけではなく、彼らがどのような環境で育ち、何を経験し、何を選択していくのか。
そこまで丁寧に描かれているからこそ、物語に現実味が生まれているのだと思います。
2. どこまでも泣かせにくるストーリーの表現
小説を読んだときから、とても良い物語だと感じていました。
しかし、映画版では、さらに彼らに感情移入しやすい表現がされていたように思います。
小説では文章を通して登場人物の心情を理解していきますが、映画では表情や声、映像など、さまざまな要素から人物の気持ちを受け取ることができます。
特に、題名の通りとてもロマンチックな星や花火などの演出は映画でしか見られない迫力があったと思います。
そうした表現が重なることで、登場人物たちの苦しみや喜びが、より直接的に伝わってくるのです。
特に、幼少期に辛い経験をした人や、親に振り回された経験がある人には、共感できる部分も多いのではないでしょうか。
もちろん、似た経験がなければ楽しめないというわけではありません。
しかし、登場人物たちが抱える問題や、そこから生まれる感情を理解できたとき、本作はより深く心に残る作品になると思います。
3. 原作と異なる部分は少し残念だった
一方で、個人的に少し残念だったのは、原作と異なる部分です。
詳しい内容はネタバレになるため避けますが、特に物語の終盤にある、櫂と暁海の場面については、もう少し鮮明に、緻密に、そして丁寧に描いてほしかったと感じました。
原作では、その場面を通して、暁海から見た櫂の印象が変わる瞬間があります。
私にとっては、その変化が非常に魅力的でした。
むしろ、物語の本質はその場面にあるのではないかと感じていたほどです。
だからこそ、映画でその部分が十分に描かれていなかったことは、少し残念でした。
映画には上映時間の制約があり、小説の内容をすべて映像化することが難しいのは理解できます。
また、原作と映画では、それぞれ異なる表現の強みがあります。
それでも、原作を読んでいたからこそ大切だと感じていた場面が、映画では少し物足りなく映ったのも事実です。
まとめ:映画を観たあとに原作を読むと、物語の見方が変わるかもしれない
映画『汝、星の如く』は、櫂と暁海の人生を通して、生きることの苦しさや希望を感じさせてくれる作品でした。
現実的に描かれる登場人物たちの人生や、感情移入を促す映像表現は、大きな魅力だと思います。
一方で、原作を読んでいた私にとっては、終盤の重要な場面がもう少し丁寧に描かれていれば、さらに魅力的な作品になっていたのではないかと感じました。
本作については、強く感動したという人もいれば、あまり泣けなかったという人もいるようです。
物語の受け取り方は、人それぞれ違います。
ただ、映画を観て何かを感じた人も、少し物足りなさを感じた人も、一度原作を読んでみると、物語の見方が変わるかもしれません。
原作を読んだうえで映画を観ると、また違った発見があるはずです。
映画を通して興味を持った方は、ぜひ原作にも触れてみてください。
『汝、星の如く』の登場人物たちが抱えていた愛について、さらに考察した記事はこちら。
原作者「凪良ゆう」さんが伝えたかったことについて考察した記事はこちら。

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