凪良ゆうさんの小説『汝、星の如く』は、櫂と暁海という二人の人生を通して、愛の複雑さを描いた物語です。
家庭環境に恵まれなかった二人は、深く愛し合いながらも、簡単には一緒に生きていくことができません。
なぜ、二人はこれほどまでに互いを必要としたのでしょうか。そして、大人になってからも、なぜ簡単に相手を手放すことができなかったのでしょうか。
今回は、櫂と暁海それぞれの視点から、二人の愛の正体について考察していきます。
※本記事には物語の重要な内容に触れる部分があります。未読の方はご注意ください。
1. 二人の中にあった「愛」とは何だったのか?
まず考えたいのは、櫂と暁海が互いに惹かれた理由です。
二人に共通していたのは、家庭環境に恵まれず、親に振り回されてきたことでした。
彼らは、親に振り回される互いの姿を目撃しています。
自分ではどうすることもできない現実に苦しんでいるとき、同じような境遇にいる相手の存在は、特別なものだったのではないでしょうか。
自分の苦しみを理解してくれる人がいる。
自分だけではないと感じられる。
そうしたつながりは、二人にとって大きな支えになっていたはずです。
しかし、二人の関係を考えるうえで興味深いのは、彼らが大人になってからも、簡単には互いを手放せなかったことです。
幼い頃に同じ苦しみを経験したことだけが、二人をつなぎ止めていたのでしょうか。
私は、それだけではないと考えています。
二人はそれぞれ異なる形で、相手の中に自分にとって必要なものを見いだしていたのではないでしょうか。
そこで、まずは櫂の愛から考えていきます。
2. 櫂の愛――優しさと、暁海が与える安心感
櫂は漫画家として成功し、東京へ上京します。
生活が変わり、魅力的な女性と出会う機会も増え、実際に浮気もしてしまいます。
それでも、櫂は暁海を簡単に手放そうとはしませんでした。むしろ、手放す気などさらさらないようでした。
なぜなのでしょうか。
私は、その理由として「櫂の優しさ」と「暁海独自の魅力」の二つがあると考えています。
櫂の優しさとは何か
櫂には、自分を愛してくれる人を簡単には手放せないところがあるように思います。
その性格には、母親と暮らしていた幼い頃の経験が影響しているのかもしれません。
人は、自分が育ってきた環境によって、他人との関わり方を身につけていきます。
櫂もまた、母親との関係を通して、自分を必要としてくれる人を見捨てられない性格になったのではないでしょうか。
もちろん、相手を手放せないことが、必ずしも優しさだけから生まれるとは限りません。
そこには、優しさだけではなく依存や自己嫌悪なども混じっていたかもしれません。
それでも、尚人が指摘するように、櫂が浮かれて欲張りになっていたとしても、幼い頃に母親と過ごした記憶や、そこで形成された性格まで、すっかり失われたわけではなかったのだと思います。
浮気をしてしまったのも、辛い思いをして贅沢を知らなかった櫂が、現実逃避の手段として娯楽に逃げてしまったとしても、仕方なかったのかもしれません。
この矛盾には、彼の優しさと弱さの両方が表れているのではないでしょうか。
暁海独自の魅力とは何か
もう一つの理由は、暁海が櫂にとって「実家のような安心感」を与える存在だったことです。
健気で、真面目で、どこか垢抜けない暁海。
彼女は、華やかな東京での生活とは異なる、落ち着いた場所のような存在だったのかもしれません。
外の世界で忙しく生きている櫂にとって、暁海は自分を受け入れてくれる、安心できる存在だったのでしょう。
しかし、この解釈には、少し残酷な側面もあります。
暁海を「実家のような安心感」と捉えることは、彼女を一人の人間として見るのではなく、自分を安心させてくれる存在として捉えていることにもつながるからです。
悪く言えば、櫂は暁海を心のどこかで見下し、自分にとって都合のよい存在として扱っていたとも考えられます。
ただし、櫂自身に明確な悪意があったと断定することはできません。
むしろ、自分が暁海に何を求めているのかを、十分に理解していなかった可能性もあるのではないでしょうか。
そこには櫂の不器用で無自覚な愛の形が表れています。
この物語は、「愛を知らなかった二人が愛を見つける物語」と捉えることもできるのかもしれません。
3. 暁海の愛――優しさと「もしものとき」の安心
では、暁海はなぜ櫂を手放せなかったのでしょうか。
暁海もまた、櫂と同じように、家庭環境に恵まれなかったことが、彼に惹かれた大きなきっかけだったと考えられます。
しかし、櫂と暁海には大きな違いがあります。
それは、暁海が櫂に裏切られているということです。
暁海は、掃除中に女性のシュシュを見つけたことや、明らかに連絡が適当になっていることなどから、櫂の浮気を悟ります。
それでも、彼女はすぐに櫂との関係を終わらせたわけではありません。
最終的に別れを切り出したのは、櫂からプロポーズされたときでした。
なぜ、暁海はそこまで櫂を手放せなかったのでしょうか。
私は、ここにも「櫂の優しさ」が関係していると考えています。
暁海が知っていた、櫂の優しさ
櫂は、暁海を裏切ってしまいました。
それでも、暁海は櫂の中にある優しさを知っていたのではないでしょうか。
櫂がなぜそのような性格になったのか。そして、彼の優しさが決して嘘ではないこと。
暁海は、それを理解していたからこそ、自分から櫂を振ることができなかったのかもしれません。
さらに言えば、暁海は櫂の愛が決して嘘ではないこと、櫂が内心寂しい思いをしていることまでわかっていたのかもしれません。
普通だったら、浮気された人はもっと感情的になるものかもしれませんが、彼のことを深く愛し、深く知っていたからこそ、理解できる部分もあったのではないでしょうか。
「もしものときのために」という解釈
もう一つ、少し捻くれた解釈を提示してみます。
それは、暁海が櫂を「もしものときのための存在」として捉えていた可能性です。
暁海は、自分の力で頑張って生きていこうとしていました。
しかし、どれほど自立しようとしても、将来何が起こるかはわかりません。
自分一人で、この先も生きていけるのだろうか。
もし、どうにもならない状況になったらどうすればいいのだろうか。
そんな不安が、心のどこかにあったとしても不思議ではありません。
櫂は、自分のことを愛してくれている。
もしもお金に困った時は櫂に頼ることができる。
そのようにいわば「保険」として櫂を見ていた可能性もあるのではないでしょうか。
もちろん、これはかなり踏み込んだ解釈です。暁海が実際にそのように考えていたと断定することはできません。
しかし、この解釈は、彼女が単に櫂に依存していたという話ではありません。
むしろ、誰よりも現実的で堅実な暁海だからこそ、いかに現実は残酷かということ、どうにもならない状況があるということも理解していたのではないかということです。
暁海が櫂に頼らずに頑張ろうとしていたことは、親の事故が起こるまで彼に頼らなかったことや、親が原因であっても借金を返していたことからもうかがえます。
彼女は、簡単に他人へ甘える人物ではありません。
それでも櫂を一つの「保険」というふうに見ていたという解釈は、いかに現実が残酷かということを同時に描き出していたとも言えます。
暁海の魅力は、甘えない強さにある
彼女の魅力は、苦しい状況でも簡単には甘えず、自分の力で生きていこうとする強さにあると感じます。
しかし、その強さがあるからといって、誰かを必要としなくなるわけではありません。
大好きな人として、そして安心できる存在として彼を愛していたからといって何がいけないのでしょうか?
暁海は櫂を必要としていた。
それでも、櫂との関係に耐えられなくなったとき、自分から別れを選びました。
その選択から、暁海がどれほどあの場面でのプロポーズが嫌だったのかという気持ちが伺えます。
まとめ:二人は同じ愛を求めていたわけではない
櫂と暁海は、互いを深く愛していました。
しかし、二人が相手に求めていたものは、必ずしも同じではなかったのかもしれません。
櫂にとって暁海は、安心できる場所であり、自分を愛してくれる存在でした。
一方、暁海にとって櫂は、自分の苦しみを理解してくれる存在であり、簡単には失うことのできない相手でした。
二人は同じように親に振り回されながら育ちましたが、そこから身につけたものや、相手に求めるものは異なっていたのではないでしょうか。
そして、愛していることと、相手を幸せにできることも、必ずしも同じではありません。
櫂は暁海を手放せず、暁海もまた櫂を手放せませんでした。
それでも、二人が一緒にいることが、必ずしも二人にとって最善の選択になるわけではなかったのです。
だからこそ、この物語の愛は、単純に美しいとも、間違っていたとも言い切れないのだと思います。
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